北十字とプリオシン海岸

本や映画やアート感想

別れの切なさ/高野文子『黄色い本』

入社以来ずっとお世話になった大好きだった先輩(男性)が違う部署に異動となり、人知れず大泣きしております。仕事内容なんて本当にどうでもいいから、彼の側にいたかったのですが、当の本人はわたしの気持ちなど知らないことでしょう。「寂しいなんて言って、いつでも口ばっかりじゃん」と笑われてお別れしたいので、送別会では泣かないと決めています。なんだかすごい気分がaiko

黄色い本 (KCデラックス アフタヌーン)

黄色い本 (KCデラックス アフタヌーン)

 

 高野文子『ドミトリーともきんす』が昨年、各所で話題になりましたが、そのタイミングで掘り起こされた過去の傑作『黄色い本』を、先日から読み始めました。

商品説明
寡作ながら時代のはやりすたりに流されない漫画を描き続ける、高野文子の4冊目の短編集。モダンで柔軟な絵柄と、ユーモラスかつ静謐(せいひつ)な描写と、高度で緻密な演出。これらが絶妙なバランスで同居する彼女の漫画の中には、さまざまな驚きと発見が隠されている。
たとえばロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を題材にした表題作は、読書の醍醐味そのものを再発見させてくれる。主人公の女学生は、流れていく日々の生活の中で『チボー家の人々』をゆっくりと読破する。極端に言えばただそれだけの物語。しかし、だからこそ『黄色い本』には、本を読む習慣のある人間にとってたまらない感動が詰まっている。いい本に出合い、その世界の中に没入して読みふけり、ある種のせつなさと共に読み終える。この一連の流れの中で抱く読者の複雑な気持ちが、さりげないあの手この手によって見事に再現されてゆく様の、なんとみずみずしく美しいことか。

紹介されている通り、主人公の女学生が日々『チボー家の人々』を読む、というそれだけの物語なのですが、本の文字がコマいっぱいに広がり、主人公の視点で一緒に本を読んでいるような感覚になります。

f:id:caccoaooooi:20150327204642j:plain

写メったらモアレがひどい…。

彼女は『チボー家の人々』の世界にのめり込みます。時々主人公のジャックが幻想として彼女の目の前に現れては二人で会話をしたり、革命活動の仲間たちと議論を交わす夢を見たり、現実の友達にうっかり文語の言葉遣いが出てしまったり(ちなみに主人公はじめ登場人物は全員が新潟弁)、といった具合。現実世界では、彼女をはじめみんな進学するか、就職するかの大事な時期というのに、おかまいなく読書に耽ります。そういう経験は、読書が好きな人なら誰にでもあるはず。そういえばわたしは高校三年生の受験期に宮沢賢治の『春と修羅』にはまりすぎて、脳内でずっと「蠕虫舞手(アンネリダタンツエーリン)」*1という詩を暗唱していました…懐かしい。

最終的に彼女は『チボー家の人々』とお別れをしないといけないのだけど、そのお別れのシーンがたいへんに切ない。

ジャック 家出をしたあなたがマルセイユの街を 泣きそうになりながら歩いていたときわたしがそのすぐ後を歩いていたのを知っていましたか?

メーゾン・ラフィットの小径では 菩提樹の陰から祈るような思いでふたりのやりとりを聴いていました…(中略)

いつも一緒でした たいがいは夜 読んでないときでさえ――

彼女がどれほどジャック・チボーに寄り添って読書をしていたのかが分かるラスト。幻想の中でジャックが最後に「いつでも来てくれたまえ メーゾン・ラフィットへ」と告げるのですが、心から愛した本(というよりもその世界)との別れがいかに惜しみがたいものであるかが、わずか1~2ページに詰まっています。すべてはひとりの少女の読書体験に過ぎないのに。

 

何だって別れはつらいものです。心に寄り添った相手なら、なおさら。別に先輩とは、仕事以外に何の関係もありませんでしたけども。仕事の中で培われた信頼関係があり、思い出もあります。何より新入社員の時からお世話になった人だもの…。寂しさとつらさに泣きながらも、『黄色い本』の主人公が前向きにお別れしたのと同様に、わたしも気持ちに区切りをつけねば、と励ます夜。

 

ところでスーパーどうでも良い余談なのですが、わたしが過去にテ●プリのBL同人にはまっていた時代に、今はもう百合もしくは少女漫画家として有名なさかもと麻乃が、おそらくは『黄色い本』に影響されたと思われる塚不二本を描かれていたことがあって、もうそれが最高に好きでした。微妙な年齢の、微妙な立場のふたりが、自分たちが無力な子どもであると知りながら、どうやって自分たちの関係に区切りをつけるべきか、と悩むお話。時々、『ライ麦畑でつかまえて』の引用が『黄色い本』の中の『チボー家の人々』のごとく張り巡らされて、とても印象深い。これほどにセンチメンタルで詩的な物語を、少女漫画でもまた描いて欲しい…!

Hz/ヘルツ(さかもと麻乃)「リプレイ」 - まんだらけ 通信販売

*1:

春と修羅』所収 以下、青空文庫より一部を引用。

蠕虫舞手(アンネリダタンツエーリン)

羽むしの死骸
いちゐのかれ葉
真珠の泡に
ちぎれたこけの花軸など
 (ナチラナトラのひいさまは
  いまみづ底のみかげのうへに
  黄いろなかげとおふたりで
  せつかくをどつてゐられます
  いゝえ けれども すぐでせう
  まもなく浮いておいででせう)
赤い蠕虫舞手(アンネリダタンツエーリン)は
とがつた二つの耳をもち
燐光珊瑚の環節に
正しく飾る真珠のぼたん
くるりくるりと廻つてゐます
 (えゝ 8エイト γガムマア eイー 6スイツクス αアルフア
  ことにもアラベスクの飾り文字)

積読3冊ご紹介/『西瓜糖の日々』『氷』『人間の絆』

月に2万円程度は間違いなく書籍に費やしているものの、積読が多くてまったくのお金の無駄と自覚せざるをえません。昨日はお賃金がもらえる日だったので、本屋さんに直行して、BILLY BAT(16) (モーニング KC)WIRED VOL.15 (GQ JAPAN.2015年4月号増刊)芸術新潮 2015年 04 月号 [雑誌]キネマ旬報 2015年4月上旬号 No.1685を購入しましたが、それより2日前に買った岡崎京子 戦場のガールズ・ライフですら、さらさら読み切っていないという状況。

せっかくなので購入したはいいものの、半端に読み切っていない積読たちをブログに掲載することで、全くの無駄でもなかったと自分を励ましたいと思います。Yes, it's 自己満 !(玉井雪雄風に)

 

・読了率だいたい40%『西瓜糖の日々』河出書房新社(R・ブローディガン/藤本和子訳)

西瓜糖の日々 (河出文庫)

西瓜糖の日々 (河出文庫)

 

  内容(「BOOK」データベースより)
コミューン的な場所、アイデス“iDeath”と“忘れられた世界”、そして私たちとおんなじ言葉を話すことができる虎たち。西瓜糖の甘くて残酷な世界が夢見る幸福とは何だろうか…。澄明で静かな西瓜糖世界の人々の平和・愛・暴力・流血を描き、現代社会をあざやかに映して若者たちを熱狂させた詩的幻想小説ブローティガンの代表作。

寝ます。

「自分にとって特に読書がしやすい環境」というのが、誰にでも一か所はあると思うのですが、わたしにとってその一つが飛行機です。実家へ帰るおよそ1時間半。手荷物として機内に持ち込めるものは限られているので、本の類はせいぜい1冊か2冊ってところですが、漫画を1~2冊読むのでは1時間半は長すぎるから、いつもわたしは小説を読むことにしています。基本的に「読む」しかすることがないので、飛行機内での読書はたいへん捗るのですが、『西瓜糖の日々』は寝ました。帰りの飛行機内でも寝たので、それ以来、読み進めることができません。

(第一編「西瓜糖の世界で」より)

 わたしはきまった名前を持たない人間のひとりだ。あなたがわたしの名前をきめる。あなたの心に浮かぶこと、それがわたしの名前なのだ。

 たとえば、ずっと昔に起こったことについて考えていたりする。ーー誰かがあなたに質問をしたのだけれど、あなたはなんと答えてよいかわからなかった。

 それが、わたしの名前だ。

 そう、もしかしたら、そのときはひどい雨降りだったかもしれない。

 それがわたしの名前だ。

ずっとこんな調子で、長い長い詩のような物語です。じっくり腰を据えて読むよりも、空き時間にちょくちょく読むほうがいいものかも。この幻想的な世界観は決して嫌いじゃないんですけどね…。

・読了率だいたい50%『氷』河出書房新社(ウラジーミル・ソローキン/松下隆志訳)

氷: 氷三部作2 (氷三部作 2)

氷: 氷三部作2 (氷三部作 2)

 

内容(「BOOK」データベースより)
2000年代初頭のロシア―酒とドラッグに溺れるモスクワ大学の学生ラーピン、売春で日銭を稼ぐ愛くるしいブロンド娘ニコラーエワ、極上のスーツを身につけた知的な中年男ボレンボイム。金髪碧眼の一味に捕らわれた彼らの胸に青い氷のハンマーが振り下ろされる。そして彼らは不思議な「真の名」を語りはじめる。戦争と虐殺と謀略の20世紀を舞台に、「原初の光」の再生を目指すカルト集団の物語―。現代ロシアのモンスターによる“氷三部作”、エピソード2より刊行開始!!!! 

ソローキンですが、半分ほど読んで手つかず。正直ポストモダンとかよく分からんです。帯についてた池澤春菜の「おソローキン‼ おそロシア‼ ソローキンは氷のハンマーで私の心臓を打った」の勢いに惹かれて購入。村上龍の暴力的なエネルギーあふれる世界観を期待して読んでみたら、確かに暴力的ではあるものの、いまいち疾走感の足りない印象で、面白いのは間違いないんですが、当時「作者の勢いに振り回されて放心したい」気分だった時に読んだということもあって、「もう少しなんだけどなあ…」で止まっています。あと半分以下なんだからすぐなのに! すぐなんだよわたし!!!

・読了率だいたい75%『人間の絆』新潮文庫モーム中野好夫訳)

人間の絆 上巻 (新潮文庫 モ 5-11)

人間の絆 上巻 (新潮文庫 モ 5-11)

 

あらすじの引用ができませんでしたが、早い話が『月と六ペンス』で有名なモームの自伝小説です。片足が不自由な主人公がそのコンプレックスを抱きながら送った人生のなかで見つけた唯一の「人が生きる意味」を暗中模索する物語で、上下巻あってスーパー長くはあるものの、文章は平易なのでたいへん読みやすいです。少なくとも下手にフォークナーやボルヘスの短編に手をつけるよりははるかにとっつきやすい。主人公の卑屈なところとか、自分で自分のダメなところを自覚しつつも改善できないクズ加減とか、永久不変な人間の“ある側面”を描き出してて、共感できます。

それなのになんで残り75%で読み切れないのよって話なんですが、長いので単純に時間がかかるのです。年末年始の1週間で上巻を読み切ったのですが、1月~2月の土日にちょこちょこ読んでいたら、すぐに登場人物の名前を忘れるもので、ページを戻っては読み進み、戻っては読み進み、の繰り返し。腰を落ち着けて読めばまったく何てことなく読み切れるとは思うのですが、「どうせすぐに読み切れるし~」という気持ちがよけいに遠ざけます。ほんとダメダメ。

 

以上、積読中の小説3作品の紹介でした。あとは、中上健二の軽蔑 (角川文庫)とか、モリスンのビラヴド―トニ・モリスン・セレクション (ハヤカワepi文庫)とか、ゲーテヴィルヘルム・マイスターの修業時代〈上〉 (岩波文庫)とか、買ったはいいけど、まっっったく手につけていないものが何冊もありますので、それはまた追って。

ブログ書きながら「なんでこんな名作を読み切れないんだろう…」という自己嫌悪に陥りつつ、なんとなく中身を思い出して続きが気になってきたので、少なくとも今月中に『人間の絆』くらいは読み終わろうか、という気持ちになりました。そういう意味でもブログは良いきっかけになりえますね。

 

Powered by 複眼RSS