北十字とプリオシン海岸

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一瞬の中の真実の愛/宮沢賢治「シグナルとシグナレス」

最高の恋愛小説とは何か?

と聞かれると多くの人が思い描くのは何なのでしょうか。

村上春樹の『ノルウェイの森』?川端康成の『雪国』?クンデラの『存在の耐えられない軽さ』?

人それぞれとは思いますが、わたしにとって最高の一作と聞かれたら絶対に宮沢賢治の『シグナルとシグナレス』です。

 

本題の前に少しわたしの話をしますと、わたしは物心ついたときから自己愛が強くて、大学時代のサークルの同期に「きみは本当に自分が好きだね。自己愛の塊だね。俺は友達としてその考え方を改めた方がいいと思うよ」と言われたことがあるほどなのですが、それを聞いてまず思ったことが「世間ってうるせー。純粋な夢の中だけで生きていきてー」でした。自分に溺れるメンヘラちゃんです。ただし、自分が好きだからこそ他人にそれほど好かれなくてもかまわない、というのもあるので、今のところ自己愛が強すぎて困ったことはないです。(友達は少ないけど)

 

そんなわたしが恋愛を経験した時に感じたことが、自分以外に自分を好いてくれる人がいるのに、なぜ自分以上にこの人を好きになれないのだろう、ということでした。そこからなんとなく、お互いに好きあっていること、愛し合っていることが必ずしも片思いでないということではない、と思うようになったわけです。夫婦であるとか恋人同士であるとかであっても、違う人間同士が一つになろうとする試みの過程には絶対に齟齬や不和が生じるものなので、好きなのにうまくいかないことに対してもどかしさを感じることもあるはず。それも一つの片思いとはいえないでしょうか。

シグナルとシグナレス (画本 宮沢賢治)

シグナルとシグナレス (画本 宮沢賢治)

 

「何か音がしていますわ」。「どんな音」。「夢の水車の軌りのような音」。びろうどの夜につつまれて静かにめぐる、美しい恋の物語。小林敏也が宮沢賢治と、すべての賢治ファンにあてた熱く静かなラブレター。

 
古い線路をはさんでお互いに恋心を抱きあうシグナルとシグナレスの2人。お互いのことを好き合っているのに、思うように愛し合えなくてもどかしさを感じています。ある夜のたった一度だけ、2人は2人だけの星空へ飛び立つのです。幻想は一瞬で終わってしまうけれど、それがまたいい。たった一瞬の出来事が、2人にとっては永遠になるのでしょう。
共感しあっている、愛し合っているって実感することなんて、100回に1回でいいのです。もっと少なくてもいい。そのたった1回のためだけに、片思いをし続けることの先に、真実の愛が見つかるように思われるのです。そしてその1回があるからこそ、人は同じ人とずっと一緒にいたい、と思うものなのかもしれません。
と、話は自己愛とは全く別のところに着地しますが、「なぜ自分以上にこの人を好きになれないのだろう」と思いながらも、その人とは4年以上つきあって現在生活を共にしているので、100回に1回の愛の積み重ねがあったのだと信じたいですね。

 

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